FC2ブログ

RAY BASE 〜 今を楽しむ身体へ〜

レイ ベース へ ようこそ!!

カテゴリー "日常の出来事" の記事

親子の構造⑤父親のコントロール

前回の続き



今回の件の後、

2回父としっかり話をした。


それも、彼が話したいというので、

話をすることになった。



1回目は、仕事の話。


父は、

勤めながら、ヨガの仕事もやればいいんじゃないか?

事業をするって大変な事だよ、と言っていた。



私は、

そういうやり方を散々した結果、

もうどうにもならなくて、今回に至ってるんだけど、、、

って返すしかなかった。



なんなら、普通に勤めれる人が羨ましかったくらいだわって。

そんな風に勤められていいなーと思ってたわって。


でも、私は無理だったよ。

死にたくなるもん。

本当に、生きてる意味を感じなくて、

死んだほうがマシって思えてくるんだよ。


って、伝えた。


父:そんなの考え過ぎじゃないか。


私:そうだよね、そう思うよね。
  
  それは、そこで働ける人だからだよ。

  私は無理なんだよね。

  仕事で引きこもりになったり、鬱になる人の気持ちが分かるもん。

  だって、お父さんは死にたくなるまで思わないんでしょ?

  私は死にたくなる。

  あれも、これも、色々やった。仕事も変えた。だけど、無理だった。

  だから、違う方法を考えるしかないんだよ。

  それを試していくしかないの。

  理解できないかもしれないけど、理解して欲しいとは思ってないよ。


父:理解出来ないわけじゃないけど。。。。




みたいなやり取り。




2回目は、結婚の話。


今回の件で、私がヨガの仕事をメインでしたいと話した時、

結婚をして、それと並行してヨガの仕事もして行けばいいんじゃないかって、

そういう話にもなった。


私の中で、???ってなって。。。

それって、寿退社みたいな意味?って聞いた。笑

結婚に就職するみたいな?そういうこと??


仕事の話と、

結婚をするか、しないかの話。


それが、同じ話題として上がってくる意味が分からない。


だからね、その心理を私なりに理解してみようと思って聞いてたんだけど。


人生設計??って事かなと思ってね。



私、そんなのないんだけど!って思った。


っていうか、生きてきた途中から、設計通りになんて行かない!

って事しか経験して来なかったから。笑


だから、頭で設計するのは無意味だなって。


経験は、今しているものだから。


今思いついたら、それが設計の元になる事あるけれど。

それだって、その時々の状況で変化する。


頭で生きてる訳じゃないじゃん?

感覚で感じてる訳じゃん??


頭で設計した通りに生きるには、

多分、感覚を麻痺させる必要があるんだと思う。


で、そういう積み重ねがね、

誰かや何かをコントロールしたくなる元なんだと思う。



そういうのって、

よくある話。



世の中の「こういうもんだ!」って全部そう。



私は、もう抗うのに疲れたし、自分で自分を認めきった後だったから、

不思議と2回目に対面した父は穏やかだった。


結婚をチラッと勧めて来た時も、

今までよりコントロール感は薄まっていた。


だけど、二言目には、結婚の方法としてお見合いを勧めてくる。


それで、私が父に言ったのは、


私:なんでお父さんが、そんなにお見合いを勧めるのか、わかったよ。

  自分がしてきたことは間違ってなかったって思いたいからだよ。

  私が同じようにしたら、自分がしてきた事を認められるからね。

  だから、私に同じ方法を勧めてくる。

  だけど、私は私の選択をしてるだけだから。

  みんな、その人それぞれの選択をしてるだけだから。

  娘だからといって、それは同じ。

  だから、お父さんが唯一できることは、

  自分はこれで良かったんだって、

  心底思う事しかないよ。

  実際、うちは幸せじゃん。私はそう思ってる。

  

って、伝えた。


お父さんに、そんな事言ったって、伝わるか分からない。

だけど、

私は、思う事をそのまま言っただけ。


結婚しろ、しろって言うけどさ、

それって結婚してないお前はダメだ!って言ってるのと、

同じだからねってことも伝えた。


そんなことは言ってない、、、

って言ってたけどね。笑


いや、思いっきり言ってる事になってるから。

もう、構造上そうなんだよ。



でも、そこの自覚は、ないんだわな〜


自分の思い込みを通して話してるなんて事、

気づかないで発言してるもんね。


言われてるこっちは大変よ。


関係ない他人ならまだしも、、、

親に言われるのが一番キツイから。


ま、それも、受け止めるけどね。

もう、こうなったら自分で言っちゃうけど!


懐深いんだよ、私。笑





そうだ、そうだ!

思い出した!!


私、懐の深い人間になりたかった。

中学生くらいの時から、漠然とそうなりたいと思ってた。


自分の望む在り方なんだな、これって。




ちなみに、

この父親とのやり取りを、先日の大須教室でシェアしたんだけどね。


私が、父親を完全に一人の他人のように見えるようになって、

あぁ、この人も頑張ってきたんだな、

って所を腑に落としたら、、、


父親は、何の努力もなく(背面と向き合う努力ね)

父親が否定し続けてきた背面が書き換わる可能性があるんだって言われた。




で、、、、

思わず出た私の本音は、


え!ズルい!!


だったけどね。笑



あれ?
懐、全然深くない!


まだまだ、深くなれる可能性があるんだな〜。



私が父親を書き変えるって言うよりも、、、

私の中の父親が書き変わるって事だけどね。


さて、どんな景色になるのでしょうか?



いやはや、

親子ってね。

一番の宗教だって聞いた事あるけれど、、、

ほんと、ある意味そうだと思うよ!



と言うわけで、今日はここまで。


親子の構造④ 家族という組織(システム)

前回の続き。


前回の記事で書いたように、

傷ついていた過去の自分を自分で完全に認めてきって。


「あんたは、よくやってきた!」


ってところまで持っていった。



その状態で、

翌日、両親を目の前に、

今の現状と気持ちを素直に伝えてみたんだけどね。



そこで見えたのが、

家族の構造だった。




まず一番に、

私がフリーランスの今の現状では家を借りれなくて、

今は友達の家にいることを説明して、

だから、期間限定で家に戻らせて欲しいと泣きながらお願いしたんだけど、、、

「それは出来ない」

って返答。



これね、なかなかだなーと思った。

帰る場所がないんだって事を、思い知った。



私も実家に戻りたいわけじゃない、、、


だけど、現状を全部説明したところで、

とにかく家に戻ってくる場所ないからって。

(うちは兄家族と同居なので、両親としては兄家族に気を遣って、という意味もあってですが。)



私がそれまで、実家と疎遠になってる状態だったり、

喧嘩別れしてるんだったら、まだ分かる。


でも、全然そうではないし、週1、2回は顔を合わせてる。



だから、私の知り合いからは、

とりあえず、家に戻ればいいじゃん。

期間限定でってお願いすれば、大丈夫でしょって、言われてた。



でもね、言えなかったのは、ここなんだよね。


それとこれとは、話が別なの。


それを何となく、私は分かってたんだと思う。


だから、自分で自分を認めきるまで、

お願いすることができなかった。


それをせずに、この場面を受け入れるのは難しかったと思う。




他にも色々とやり取りする内に、

見えてきた事があった。



両親は、自分を犠牲にしてでも、

家族というシステム(S1)を守ってきたんだなって事。


私の想いやしたい事は、

私にとっては、私そのもの(S2)の部分。



なんだけど、

両親は、それよりもシステムに合わせる事を求める。



そりゃ、当時の私は寂しいし、傷つくのは当たり前だわ。


私より、家族(システム)が大事と明言されたようなものだから。


私が過去にヨガのインストラクターになりたい!と言った時、

否定されたのは、そこの部分。




でも、

彼らは自分のなんらかを犠牲にして、

支えてきたシステムなので、

それと違う事を認められるわけがないんだよね。


他人ではなく、自分の親や子となるとなおさら。

DNAレベルで引き継いでる事だから。



って、いう構造なだけだった。



それぞれが、何を大事にしてるから、こうなってるのか。


私は、それが構造として見えたから、

当時、寂しくなった意味も分かったし、

だけど、それは仕方ない事だとも分かった。

(それには、構造をただ知識として知ってればいいわけじゃなく、、、
 常に、今体験してる現実がそうだってことに疑いがなくなる必要があるけれど。)



だけど、これをただの感情のやり取りだけで切り取ったら、、、

お互いに、否定の見せ合いになるから、、、

修羅場だよ。


別に修羅場もいいけど、意味が分からないまま罵り合いで終わっても、

体力消耗した割に、何も得ない。

(もちろん、そういうことに疲れちゃった先に、気づくこともあるからそれもいいけどね)



だけど、自己否定を何かに投影してる構造に気づかないと、

外側を変えようとしたり、外側に埋めてもらおうと必死になる。


それが、他者へのコントロール。

無理なのに。。。


じゃ、無理だったら、関わらなければいいんですね、

って事でもない。


それも、否定を否定してることに変わりない。



関係性は、望もうと望まないと、

すでにある。


そこに、

自分は、何を見てて、何が見えたか。

自分は、何を感じるのか。


その鏡を利用して、自分にちゃんと返してる?ってこと。

自分の価値観、自分の判断、自分の性格、自分の成り立ち。


それぞれの環境で、異なるそれら。


誰とも、100%共有できることなんてない。

例え、親やパートナーや親友でさえ。


だけど、自分は100%共感してあげられる。


生まれてことのかた、自分以外に立ったことないんだもん。



そんで、細かいデータそのものを共感できなくても、

他者とは、その在り方で共感することはできる。




だから、唯一できることは、、、

あなたがあなたのしていることを自分で認めること。


誰かに証明する必要もない。


ただ、自分にひらすら正直であればいい。



それは、自分を犠牲にするな、とかいうことでもなくて、

そういう方法を自分が選んだんだってことまで、

自覚してるかどうかだけ。




さて、、、

それで、私の住む場所問題はと言いますと。



両親は、家に入れられないけど、

友達の家にずっと居るわけにもいかないから、

早く家を探しなさい、と。


保証人とか、お金とか、

必要なら、それは応じるという話になって。



それで、翌朝、ネットで物件を検索。


そしたら、、、

以前、内覧希望してたけど、埋まってしまってた物件が、

ピョコって出てきた。


あれ?

と思って、すぐに不動産屋さんに電話して、

「以前、内覧希望した時に埋まってた〇〇の物件をネットで見たんですけど、、、」

って問い合わせしたら、

「あー、その物件は契約がキャンセルになったんで、また出してるんです。」

との事。しかも、6月中に入居出来る物件。


次の日には、内覧して、その場ですぐに契約を決めて、

契約審査の方法も、以前聞いた物件の審査方法と違った方法だったので、

両親から保証人もお金も借りる必要もなく、

現状の私の状態で、無事に契約成立!!


それまで無理だと思ってた事が、

数日で一気に流れた。


何か、次の扉が、バーーン!って開いた感じ。



その物件は、5月からスタートしたビーチヨガをやっている海辺にも、

かなり近い場所にある。

山が見えて、朝にはウグイスの鳴き声も聞こえてくる。


色々、物件を探したけれど、

この物件が出てきてくれて、

今は、とても気に入っています。


fc2blog_20190703130400824.jpg




まだまだ、親子の構造シリーズ続きます。

今回、見えた事も、感じたことも、いーーっぱいあって。


親が認めてくれない!分かってくれない!

って悩んでる子どもとか。


子どもへの接し方が分からないって親とか。



そもそも鏡の構造って言うけれど、、、

その構造、そのものを理解できたなら、

向き合い方が分かるのになーって思うので、

こうやって、めっちゃ個人的な事まで含めてシェアしてます。


親子の構造③ 内側の統合

前回の続き。


両親に否定されて、傷ついたままの自分を発見して、、

まずは、それを自分で癒した。


何をしたかと言えば、

今の自分から、当時の自分に向けて手紙を書くように、

ノートに思うまま言葉にしてみた。


「過去の自分へ」


私は知ってる。

あなたは私のために、暗闇の中、

誰にも支持されない中で、

何の保障も、確証もないところに、

独りで飛び込んでくれたんだよね。


本当は応援されたかった。

私がようやく見つけた、やりたい事だったから。


でも、私は知ってる。

よく飛び込んでくれたね、ありがとう。


おかげで、今の私が居るよ。


あなたの勇気が私を救った。


だから、、、

もう傷ついてなくていいよ。

寂しかったし、分かって欲しかったけど、

私が分かってるから、ありがとう。


そうまでして知りたかったこと、

見つけたかったこと、

見つけたね、おめでとう。





というような内容でした。




今までも、誰かに認められたい自分が出てきた時、

そういう構造なんだって事で理解してきたり、

あー、認められたかったんだな、って事を認めてきてた。



だけど、今回大きく違ったのは、

本当に認めたこと。



自分で自分を認めた。




一番、認められたかった相手は、

誰からでもなく、自分からだった。


つまり、誰かや何かに認められたいって言葉になってたけれど、、、

本当のところ、私自身も「まだダメだ。」って、

自分を否定し続けてきたことになる。


そして「まだダメだ。」を原動力に、

ずっと、ずっと、頑張ってた。


それは、もう、無意識レベルで。



だから、ここ最近の「何がしたいのか?」の問いに、

「何もしたくない。」って出てくるわけだ。


もうね、疲れちゃったんだよ。

何かに抗うように何かを埋めるように頑張るのに、

疲れちゃった。


それが本音。



だけど、、、

今まで頑張ってきたのも、そこで体験・経験してきたことも、

誰よりも、私が知ってるし、分かってる。


だから、誰かに認められたり、共感されたりするより前に、

自分に認められたかったし、自分に共感して欲しかった。


ただ、それだけ。



内側の統合。



力が抜けると同時に、

不思議な力強さが湧いた。


こんなに心強いことってない。





親子の構造② (回想)そんなんで喰っていけるか!

前回の記事の続き。


前回の記事で、もう一つ、父親に言われて「確かにな」と当時飲み込んだことがある。


それは、

「そんなんで、喰っていけるか。」



サラリーマンではない職種を選ぼうとした時には、

きっと、この言葉を誰かから聞く人も多いと思う。


当時の私は、「これからヨガを習おうと思う」って状態で。

習ったこともないのに「喰っていけるわ!」とまではさすがに言えなくて、

黙るしかなかった。


だけど、、、

喰っていけない可能性もあれば、

喰っていける可能性もある。


この時点では、どっちもある。



なのに、なんで喰っていけない「可能性」だけを理由に、

諦めさせようとするのかだけは、さっぱり分からなかった。


だから、

「ヨガで食べていけるようになる!」

って、たぶん、この時に強く思ったんだと思う。


そして、

その後は、非常勤講師を続けながらヨガを学んで、

ヨガを少しずつ教え始めて、

教員関係の仕事はもう限界!となって辞めて、

でも、まだヨガだけでは生活できない状態だったから、

色んなバイトをしてみつつ、

やりたいことはどんどんやって。


そんな中で、

地元のヨガのクラスは、少しずつ人数が増えて、

それに伴ってクラス数も増えてきて、、、

という現在。



ここまでが前置き。

随分と、長い前置きになりました。。。



でもね、先日の「原点回帰。パート2」ブログでは、

あの時、否定されて傷ついた自分が見えたんだよね。


だから、当時の事情を説明しないと、

ここから先の説明も見えないと思ったので。


ここまでの間、

色々な気づきがある度に、

その部分は認めてきたし、

否定してるつもりも自覚もなかったから、、、


まさか、まだ居るとは思わなかった。



でも、なんで出てきたかと振り返ってみれば、


この前、新しくバイトをした時に、

「もういい加減、ヨガだけでやって行こう!やって行きたい!」

って思いが湧いて。


もう、どんなバイトをしてみたところで、

堂々巡りというか、時間とお金のバランスが合わなくて、

これ以上、発展のしようがないところに来ていた。


(教員を辞めると決めるまで、色々試した、あの時に近い感覚)



それで、何かを変えたかったんだと思うけれど、

友達が家を2ヶ月空けるというので、

その間、家を貸してもらえないかとお願いして、

家を引っ越すと決めて、元々いた家の契約を解約。


その2ヶ月の間に、家を探そうと思って色々物件を探してみた。


それで、いいなと思う物件が2つ見つかって、

周辺環境も下調べして、いざ不動産屋さんに問い合わせするも、

どちらも内覧の前に埋まってしまった、との事。


その時に、不動産屋さんから、

一度お店に来ていただいて他の物件も案内しましょうか?

と提案があって、話を聞いてみることにしたら、

フリーランスの今の私の立場だと、

契約の審査を通すのが、すごく難しいという事実がここで判明。



え。。。。



じゃあ、この先、どうしたらいいんだろう?


どこへ住んだらいいんだろう??



一瞬で、計画が崩れた。


そして、内心すごく焦った。


家を借りてる友達は、もうすぐ戻ってくる期日だというのに。



その様子を見て、

一緒にその場にいた親友は、

「気を確かに。とりあえず、気をつけて帰って。」って言った。

(そんくらい、ショックを受けたように見えたんだと思う)



ここから、しばらくの数日間が、本当にキツかった。


次の行き場所が決まらない。

でも、いつまでも友達の家に居る訳にもいかない。


退路を断たれた状態で。



あまりにも不安定な状態だったので、


「だったら、早く実家に戻ればいいじゃない。」

「とりあえず、期間限定で家が決まるまでって事情を話せば、大丈夫でしょ。」


って、私の現状を知ってる人達には言われた。




そうなんだよ、

分かってる。


そうなんだけど、、、でも。


「今のままじゃ言えない。」


って、何かが抵抗していた。



その時点では、

何か、、、ちゃんと説明できる何か。

目的?見通し?みたいなものがないと、

っていうのがすごくあった。



だから「何がしたいのか?」を、

ずぅーーと自分に問い合わせてたのに、

「何もしたくない」って出てくるし。


とりあえず、

バイトを探そうにも、家が決まってないのに、

勤務地すら決め切らない。

6月半ばには、車の免許更新もある。



それまでに、どこかに決めなきゃ。。。



もう、この時点では、

誰に何のアドバイスを言われても、

全く耳に入ってこなかった。



自分の背面との向かい合いに、

誰かや何かは関与できない。


私に代わって、それをやってくれる人はいないし、

誰のせいでもない。


むしろ、「誰のせいにもしてやるもんか!」くらいに思ってた。


そんな事したら、ずっと向き合えないままになる。

それでは、また同じことを繰り返す。


それだけは分かってて、

それだけはしたくなかった。



だから、すごくグラグラの不安定な状態だけど、

一方で、それを認めてる自分はいて。


これも必要で起きてる事だと、

どこかで知ってる自分もいて。



だから、自己否定に走る事はもうないけれど、

その中でも、出来ることを探していた。


でも、どれも的外れで、空回り。



そんな不安定な私の様子を見かねて、

共にロジックを学んできた方に、


「ロジックやスピリチュアルが、

逆にこじらせてるように見えるくらいだよ。」

と、彼女の見えてる事を素直にぶつけてくれた。


あくまで、私のOK側で見えてる事だけど、、、って言って。


そして、弱ってる時にごめんねって。

でも、そういう時だからこそ、思った事は伝えようと思って。

だって、私もそうやってしてきて貰ったから、、、って。



その方は、元々、人の様子を敏感にキャッチ出来る方だから、

今までだったら、弱ってる私にそんな事絶対に言えなかったと思うんだ。

傷つけるの分かってるから。


だけど、それが言えてる事が凄いな!って思って。


そうそう、そういう関係性が作りたかったし、

それが出来てるのは、お互いに構造を知ってるからこそなんだよな〜


って、彼女がしてくれた事そのものが、

私にとっては、ロジックを肯定してる事そのものになってた。


だから、確かに痛いけど、すごくありがたくて。



そんなこんなで、

どんどん追い込まれて、、、


って周りからされてるようで、

それは、自分の状態の投影でしかないのも分かってるから、

私がそこへ追い込んだ。




そんで、臨界点を迎えて、

過去記事の「原点回帰。パート2」の記事に至ります。



つづく。

親子の構造① (回想)ヨガに閃いた時のこと。

前回のブログで書いた家族について見えたこと。


アメブロで続きを書こうと思ってたけれど、、、

アメブロは、日常が落ち着いたら移行するとして、

とりあえず、先に書けるだけこちらに書くことにします。



家族の構造について書く前に、、、

ちょっと時間軸が前後しますが、

私の状況や、その時の心境も合わせて書いてみます。



このブログを読んでくださってる方なら知ってる方も多いと思うけれど、

私は、大学を卒業した後、

中学校や小学校の講師を経て、

小学校の教員採用試験に受かり教員になりました。


私の中では、大学に行ったらやりたい事って見るかるのかと思ってたら、

大学卒業の年になってもやりたいと思えることが見つからず。

教育大学に行ってたから、その流れでどこかに就職しなくてはならならくて、

とりあえず非常勤講師になっただけ、という状態でした。


なので、約35人の生徒に一人で教えることに必死な日々の中、

「これがやりたい事のなのか?」

という気持ちがいつもどこかにあった。


非常勤講師では、はっきりしないなって事で、

中学校の常勤講師にもなってみた。

常勤講師だと、ほぼ正規の教員と同じ働き方。

平日は、授業が終われば、すぐに部活動へ。
(しかも、市内でそこそこ強い部の副顧問)

部活動が終わったら、翌日や翌週の授業準備。
(理科の担当だから、予備実験やら片付けやら)

土曜日や日曜日も、部活動の練習や試合があれば出かける。


同僚の先生達は、皆さん素敵でいい方達ばかりだったし、

私が副担任として配属された学年は、すごくまとまりのある学年だった。


でも、、、

私は自分の時間を全部ここにはかけれない、

休みがないとか、無理だ、が結論だった。


中には、部活動の顧問を生き甲斐のようにやってる先生もみえて、

そんな風に働けていいなーと思ってた。



それで、じゃあ、小学校はどうだろうって思った。

部活動も中学校ほど盛んじゃないし、

授業の内容も、もう少し優しいだろうと思って。

ちょうど、高校の同級生や教育実習で一緒になった友達も、

小学校の免許を通信で取ってるって情報もあって、

そこから、中学校の非常勤講師をしながら、

小学校の免許を通信教育で取って、教員採用試験の勉強もして、

翌年には受かって、小学校の教員になった。



私の中では、ここまで、ずっと、、、

「これがやりたい事なのか?」

の延長で、続けてきてた。


常勤講師をやってみたのも、

通信教育で小学校の免許を取ってみたのも、

全部、その疑念を確かめるため。



だけど、、、

そんな私の中の迷いなんて、

だーーれも知らない。

(当たり前だけど)


私が、私の中だけで行ってた葛藤。



だから、大学卒業してから、ずっと講師しながら、

頑張って勉強して、教員に受かって、

ようやく公務員なんて安定した仕事に就けて、

良かったねーーーって、周りからは見えてたと思う。



だけど、、、

小学校に勤め始めて、迷いのままに忙しい日々。

毎日、毎日、新しい授業。

宿題のチェック、テストの丸つけ、会議もあるし、行事の準備もある。

全部が全部、外側のシステムに合わせるようなことばかりで、

私が行かないとクラスは成り立たないし、責任を持たない訳にはいかない。

どうやって手を抜いたらいいのかもわからない。

もう、完全にキャパオーバーだった。



で、そんな時に、ヨガに閃いた。

「あ、これだ!」って。


この経験があるから、

今でこそ、閃きとか直感こそ、

純粋な欲求だってわかるけど。


そんな情報、当時は全く持ってない。


だから、全く確信はないままに、

とりあえずヨガを習えるところを探して、

そこでヨガの哲学も含めて興味を持った。



それとは並行して、崩壊ギリギリのところで、

キャパオーバーだったけど、なんとか教員をやっている現実もあって。



それで、ある時、両親に言ったんだよね。

「ヨガを教える人になりたい。」

「教員は辞めたい」


私の中では、死ぬか生きるかの決断だった。

本当に、自分が崩壊する寸前で、来年もやるってなったら、

自分が持たないと思ったところまできてた。




だけど、、、

両親は、真っ向反対。

特に、父親。


こんなに毎日死にたくなるくらいでやってんのに、

娘のこと何も分かってないし、

何にも見えてないんだなって絶望した。


あらゆる手段で説得されたけど、

泣きながら、無理だと言い続けた。


20代半ばの社会経験の少ない小娘が、

現実から逃げてるだけだって思われたと思う。


だけど、

私の中では、ずっと向かい合って、

あらゆる手段を試した上での結果だったから、

それを逃げとか言われると、本当に逃げ場がなかったよね。


とはいえ、経験数もないから、言い返す術もない。



私は、両親に大切に育てられた自覚がある。

意見が違ったり、反発することもあったけれど、でも大事に育てられた。

だからこそ、自分の生き方が両親や周りの大人の期待に添えていないことに、すごく傷ついた。


親の期待に応えたいって、認めて欲しいって、かなり根源的にある欲求だと思う。

自分で自分は見えなくて、それを一番最初に見てくれた人でもあるから。

それは、また親も同じ。


でも、、、

誰かの期待に沿う生き方をするには、魂を売らないといけない気がした。

自分を殺さないといけない気がしたし、

それで生きるって生きてる意味あるのかな?って私は思った。



「自分が本当にしたいことをすることが、自分のためにもなるし、周りの人のためにもなる」

当時、何かの本で見た言葉。

どこかで、きっとそうだと思ってた言葉。



今は、Primal Rayのロジックを元に、この言葉の意味がわかる。

だから、「本当にしたい事をすること」に躊躇がどんどんなくなってく。



でも、当時は、ようやく「やりたい事」を見つけただけ。

そこから、学び始めた。


同時に、その年で教員は辞めた。



つづく